2008年1月13日

二つの叙事詩(イリアス、オデュッセイア)には、神々が繁く登場する。神々の物語と言っても過言ではあるまい。
 
があえて私見を述べれば、やはり、これは人間の物語なのではあるまいか。出来事の粗筋を決定するのは、ほとんどの場合、神々の意志であり、その点では人間の介入する余地はないのだが、それが古代ギリシア人の見た神々の姿だったろう。
 
まったくの話、神々は気紛れで、なにを考え、なにを意図しているのかわからない。恵みを垂れてくれたかと思えば、突然、罰を与えたりする。なんの理由もないのに……。少なくとも人間には、なんの理由もないように思えるのに……。
 
——しかし、これだけの罰を受ける以上、なにか理由があるにちがいない——
 
人間たちは悩み、問いかけ、祈り、そして努力をする。計り知れない神の意志に翻弄されながら、どのようにして自分んお、人間としての倫理を確立するか。避けることのできない死をどう迎えるか。二つの叙事詩には、神々の気紛れにもまれながら葛藤する人間のドラマが随所に見えてきて、それゆえに、これは人間の物語だと思うことが私にはできるのである。現代の私たちも、このように神を見ようとすれば、見えてくるだろう。
 
『ホメロスを楽しむために』p283
冥府のシシュポスの巨石の罰

シシュポスは神をないがしろにしたかどで永遠の罰を受けている。

巨岩を山の頂上へ押し上げていく、いよいよ頂上と思ったとたん強い力押し返してきて、巨岩は下へ落ちていく。それをまた押し上げる。その繰り返し。
 
日本の賽の河原の伝承に似ている。
ギリシアの伝承は雄大であり、日本国の伝承は哀れである。 
 
『ホメロスを楽しむために』p215
トロイアの環

キュプリア(キプロス物語) 戦争の原因と開戦の経緯が描かれる
イリアス アキレウスとアガメムノンの確執と和解、ヘクトルの戦死が描かれる アイティオピス(エチオピア王物語) ペンテシレイア率いるアマゾン軍が、次いでエチオピア王メムノンの軍がトロイアに加勢するがアキレウスに討たれる。そしてアキレウスの死、アキレウスの武具をめぐってオデュッセウスと大アイアスが争った事などが記されている。
小イリアス (トロイア小譚)オデュセウスと大アイアすの争いで校舎が敗れて狂気に陥ることを描く。
イリオスの陥落(トロイア落城)木馬の計略、木馬を城内に搬入することに反対したラオコーンやカッサンドラの予言が描かれ、トロイアが壊滅する様子が描かれる。
帰国物語
オデュッセイア
テレゴニア

http://en.wikipedia.org/wiki/Epic_Cycle

Title Length (books) Most common attribution Content
Cypria 11 Stasinus the events leading up to the Trojan War and the first nine years of the conflict, especially the Judgement of Paris
Iliad 24 Homer Achilleus' rage against first king Agamemnon and then the Trojan prince Hector, ending with Achilleus killing Hector in revenge for the death of Patroclus
Aethiopis 5 Arctinus the arrival of the Trojan allies, Penthesileia the Amazon and Memnon; their deaths at Achilleus' hands in revenge for the death of Antilochus; Achilleus' own death
Little Iliad 4 Lesches events after Achilles' death, including the building of the Trojan Horse
Iliou persis ("Sack of Troy") 2 Arctinus the destruction of Troy by the Greeks
Nostoi ("returns") 5 Agias or Eumelus the return home of the Greek force and the events contingent upon their arrival, concluding with the returns of Agamemnon and Menelaus
Odyssey 24 Homer the end of Odysseus' voyage home and his vengeance on his wife Penelope's suitors, who have devoured his property in his absence
Telegony 2 Eugammon Odysseus' voyage to Thesprotia and return to Ithaca, and death at the hands of an illegitimate son Telegonus
「誉れ高い総大将アガメムノンよ、あなたは大神ゼウスから大笏を賜った人だ。絶大な権力を委ねられている。そうであればこそ、自分の考えを述べるのと同じように、他人の意見に耳を傾けねばなるまい。何人であれ、意見だけは言わせてやれ。しかし、決定権はあなたのものだ」
 
ここで付言しておけば、古代ギリシア人にとって、ホメロスの歌は娯楽である以上に、道徳教育でもあった、ということである。<イリアス>や<オデュッセイア>を聞きながら、
 ――なるほど。アガメムノンはそう考えたのかーー
とかあるいは、
 ――オレもやっぱりオデュッセウスのように生きなきゃいかんなーー
とか、伝説上の英雄たちの原稿に思いを馳せ、それを生きていく糧としていたのである。
  阿刀田高『ホメロスを楽しむために』p76