2007年8月1日

「カティリーナの陰謀」に対するカエサル

  • 疑わしいことに決定を迫られた際、記憶や友情や怒りや自費はひとまず忘れて対するのが正当な対し方である。
  • 理性に重きを置けば、頭脳が主人になる。だが、感情が支配するようになれば、決定を下すのは感性で、理性の立ち入る隙はなくなる。
  • 人々は刑罰について論議する時は、罪の本質を忘れ、刑罰そのものが重いか、軽いかしか考えなくなる。
  • どんな悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によるものであった。

『ユリウス・カエサル ルビコン以前』

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