2007年11月14日

往復書簡としての条件

往復書簡が価値をもつには、いくつかの条件が満たされる必要がある。
  1. 書き手二人ともが、手紙を介した対話であろうと思うこと。それがために、書かれる内容は、送られてきた相手の手紙の内容を受けたものでなくてはならない。双方とも勝手に思うことを書きあっているだけでは、往復書簡にはなり得ないのである。
  2. 書き手は双方とも、率直に想いをはき出す性質の持主である必要がある。社会的な地位に関係なく、人間対人間のぶつかりあいが、対話なのだから。
  3. 共通の関心ごとをもつということである。
  4. 双方ともが、自らの意とすることを格別の苦労もせずに伝えることのできる、文章力の持主であることだろう。手紙一本化久野に気が重くなるようでは、往復書簡のパートナーにはなれない。マキアヴェッリはいうまでもないが、フランチェスコ・ヴェットーリのほうも、後年歴史物などものしたくらいだから、なかなかの文章力の持主であった。
  5. この人とならば話せる、と思う者動詞であることだろう。時間的精神的余裕の有無は、さほどの問題ではあに。偶然にしても、この時期のマキアヴェッリもヴェットーリも相当に暇な身分だったが、忙しさでは人一倍であったのはずのユリウス・カエサルこそ、往復書簡のはじめ手であったとされている。カエサルの場合は口述筆記をさせていたということだが、要は、手紙を通じて対話をしてみたいと思うか思わないかの問題でしかない。

「わが友マキアヴェッリ」P428