ファックスは日本のお家芸だが、そうなったのは(ビデオデッキの場合のように)単に日本人がほかのどの国民よりも規格化して物をつくる能力に優れていたからではない。日本の文化や言語や商習慣において、イメージ志向が強いことも理由の一つだ。(中略)
漢字の象形文字的な正確から、ファックスの利用は自然な流れだった。当時はコンピュータで読める日本語の文書はほとんどなかったから、ファックスを使う不利益もあまりなかったのだ。しかし記号的性格の強い英語のような言語では、コンピュータの可読性の点からいってファックスは大失敗だった。(中略)
ファックスモデムのついたコンピュータがあれば、途中で紙を使う段階は省略できる。(中略)
ファックスと電子メールのアイデアは、どちらも一〇〇年ほど前からすでにあった。ジュール・ヴェルヌが一八六三年に書いた『二十世紀のパリ』という小説の原稿が一九九四年に発見され、刊行された。ヴェルヌはその中でこう書いている。「写真電送を使えば、あらゆる文章や署名や挿絵を遠くへ送ることができる。(二万キロメートルも)離れたところから契約書に署名できるのだ。どの家庭も電線でつながっている」
『ビーイング・デジタル』p258