2008年1月6日

コンピュータのハードやソフトのメーカーまでが製品にマニュアルをつけて出荷するのは、邪道としか思えない。機械の使い方を教える最高のインストラクターは機械自身なのだ。

『ビーイング・デジタル』p296
貧しい人間には魚ではなく釣竿を与えよ(サウジアラビアのヤマニ石油相)1981年 ウィーンで開催されたOPEC総会での演説


ヤマニ氏は、未開の人間と無教養な人間の違いを知っているかと問いかけた。(中略)
未開人はちっとも無教養ではない。緊密に織り上げられた社会に支えられながら、未開人はわれわれとまったく違う手段で知識を世代から世代へと伝えている。これに対して、無教養な人間というのは現代社会の産物だ。この社会の網の目はもつれてしまっていて、人を支える力がない。
この偉大な族長(シャイフ)の見方は、パパートの「コンストラクティヴィズム(構成的方法)」の考えを未開社会にあてはめたもにほかならない。

『ビーイング・デジタル』p280

電子メールは一つのライフスタイルであり、われわれの仕事の仕方や考え方に大きな影響を及ぼす。特に顕著に現れるのは、仕事と遊びのリズムが変わってくることだ。週に五日、九時からから五時まで働き、年に二週間の休暇をとるというスタイルは、ビジネス・ライフの主流ではなくなりかけている。(中略)
 
もちろん、これに異議を唱える人もいる。特にヨーロッパや日本では多いだろう。仕事と自分との間に距離を置きたい人の権利を無視するつもりは毛頭ない。ただ、それとは逆に自分をいつも「接続された(ワイアード)」状態にしておきたい人間もいるのだ。単純に、どちらをとるかというだけのことである。わたし個人は、日曜に電子メールに返事を書くことになったとしても、月曜に少しでも長くパジャマを着ていられる方がいいと思っている。

『ビーイング・デジタル』p265
ファックスは日本のお家芸だが、そうなったのは(ビデオデッキの場合のように)単に日本人がほかのどの国民よりも規格化して物をつくる能力に優れていたからではない。日本の文化や言語や商習慣において、イメージ志向が強いことも理由の一つだ。(中略)

漢字の象形文字的な正確から、ファックスの利用は自然な流れだった。当時はコンピュータで読める日本語の文書はほとんどなかったから、ファックスを使う不利益もあまりなかったのだ。しかし記号的性格の強い英語のような言語では、コンピュータの可読性の点からいってファックスは大失敗だった。(中略)

ファックスモデムのついたコンピュータがあれば、途中で紙を使う段階は省略できる。(中略)

ファックスと電子メールのアイデアは、どちらも一〇〇年ほど前からすでにあった。ジュール・ヴェルヌが一八六三年に書いた『二十世紀のパリ』という小説の原稿が一九九四年に発見され、刊行された。ヴェルヌはその中でこう書いている。「写真電送を使えば、あらゆる文章や署名や挿絵を遠くへ送ることができる。(二万キロメートルも)離れたところから契約書に署名できるのだ。どの家庭も電線でつながっている」

  『ビーイング・デジタル』p258
誰でも複雑な現象を眼にすると、つい、それをコントロールするものの存在を思い浮かべてしまう。たとえばV字になって飛ぶ鳥の群れを見ると、先頭の鳥が主導権を握っていて、残りはただ従っているのだと思うのが普通だろう。しかし、事実はそうではない。秩序正しい隊形は、単純な調和規則に従って敏感に反応するプロセッサの、個々の振る舞いの総和として現れるだけで、指揮をとる個体がいるわけではないのだ。

『ビーイング・デジタル』p220
 
ばらばらに存在する部分どうしが活発に通信を行う形の方が柔軟性があり、生き延びる見込みも大きい。より長く存続し、時間とともに進化していくのは分散構造の方なのだ。
 
同 p221

2008年1月3日

デジタル化によって、メディアがビットを人々に「押し付ける」のではなくて、ユーザーがビットを「引き出す」ことができるようになる。
 
※ビットはここでは「情報」を指す。それは「コンテンツ」であり、コンテンツを構成する「データ」でもある。
 
『ビーイング・デジタル』p122
コンピュータは利用面でも開発面でも、創造的な表現手段となりつつある
 
TV
開発の動機は技術的な要請。
出来上がった技術は異質な知的サブカルチャーを多様な価値観を持った人々に完成品として手渡された。

写真
写真は写真家によって発明された。
写真技術を完成させた人々は自分が表現するのに必要だからそうした。
芸術上の必要に合わせて、テクニックを洗練させた。
作家が自分の表現したい内容に合わせて形式を創造したように。

コンピュータ
PCはコンピュータ科学を純粋に技術的な動機付けから引き離し、写真に似た形で進化させようとしている。
社会のあらゆる階層の豊かな創造力を持った個人の手に直接つながることにより、利用面でも開発面でも創造的な表現手段となりつつあるのだ。
 
『ビーイング・デジタル』p119
 



いまや、コンピュータとテレコミュニケーションにおける大きな変化は、アプリケーションによって引き起こされるようになってきた。
 
つまり物質に関する基礎科学より、人間が基本的に何を必要としているかが重要になってきたのだ。
 
『ビーイング・デジタル』p110
デジタルの世界において、メディアはメッセージではない。メッセージを具体化したものがメディアなのだ。
 
『ビーイング・デジタル』p105
 
デジタル・コンバージェンス
 
さまざまなメディアがデジタル技術によって一体化していくこと
 
『ビーイング・デジタル』p81
レス・イズ・モア
これは建築家のミース・ファン・デル・ローエの言葉である。(中略)新しいメディアを手にした初心者にとって、この言葉は常に正しい。
「切りつめたものほど豊かだ(レス・イズ・モア)」ということが、初心者には理解できないのである。

『ビーイング・デジタル』p46
ビットはたやすく混じり合う。混合したビットを混じり合ったままでも、また別々にしても扱えるし、繰り返し使うこともできる。音声、ビデオ映像、データが組み合わさったものをマルチメディアと呼ぶ、。複雑そうに聞こえるが、これはビットが混じり合ったものに他ならない。
 
『ビーイング・デジタル』p31
 
ビットはビットについての情報を教えてくれる
(ヘッダい、スラグ(見出し)、キーワード、インデックス……)

2007年12月31日

桐木村の本物の正山小種はこんなに近い武夷山の中でも知れ渡っていなかった。いや、かつてはこれしかなくて、すべての人が龍眼の香りの正山小種を知っていて、飲んでいたのだ。
 
ロンドンでアールグレイの中国茶が作られ、松で燻煙した正山小種がラプサン・スーチョンと呼ばれ、二種類の中国紅茶が残された。
 
しかし、二二代目江さんはアールグレイという中国茶を知らず、九代目のサム・トワイニング氏も一〇代目のスティーブン・トワイニング氏も、この本物の正山小種を知らない。
 
『二人の紅茶王』P233
 
母は私が困難に際しても毅然としていること、そして人生に理想を持つ事を教えた。正直と勇気、嘘をつかないというのが母の人生哲学だった。彼女は私の心にこの三つの必要不可欠なものを焼きつけた。
 
私は盲目的には母の知恵と確実な洞察力を信頼した。ほんの少しでも母の心に苦しみを与えることをするくらいなら、自分の右手を切り落としたいくらいだと思っていた。彼女は自分にとって真実、正直、善良、その他すべての象徴であった。
 
トーマス・リプトン 
 
『二人の紅茶王』P91
生産者自身が健康で幸せでなければ、消費者へ豊かなものは届けられない。
トーマスはいつもそう思っていたに違いない。
 
『二人の紅茶王』P104
 
トーマスはトーマス・リプトン。リプトン紅茶の創業者にして、大衆紅茶をイギリスのみならず、世界に定着させた世紀の商人。
両親はアイルランドの大飢饉から逃れ、イングランドのグラスゴーに移住した難民。小さな雑貨商を営み、その経営哲学は、一人息子のトーマスへ引き継がれた。
 
ほぼ無一文に近い状態からのスタート。丁稚奉公をしながらビジネスの才を延ばした天才的商人、トーマス・リプトン。
常にイギリス上流階級に対し、皮肉的な視線を送りながらも、童心を忘れず、生産者を搾取もしなかった。
 
王室の経済的な難題の解決にも陰で助力。その功績は王室にも認められ、最終的には准男爵の爵位まで得るに至る。


「本を学ぶ」と「本で学ぶ」
 
「本を学ぶ」
本を読み取り、書かれている事を理解し、そこから吸収すべきものがあるかどうかを判断する。
すなわち、得られるものは学問的内容に関する体系的知識。
 
「本で学ぶ」
その本がなぜ書かれなければならなかったのか、を問いかける。
すなわち、ある学問の系統の中で、その本が占める位置と意義について考えてみる。また、教科書を書く事は学問的な問いに挑む事でもある。
 
『系統樹思考の世界』p212 

本を学び、そして本で学ぶ。
これによって知識の獲得に始まる学問的思索の仕方、背景となる世界への道が開ける。
 
 

歴史家は、読者を感動させ納得させるためにエナルゲイア(生き生きと物語る技法)を用いつつ、自分の提示することを真実として通用させるのだ、というのが古典古代の考え方であった。
 
歴史とレトリックの近親性に依拠していた古いパラダイムを剥奪したのであった。エナルゲイアに証拠(エヴィデンス)が取って変わったのである。
 
カルロ・ギンズブルグ『歴史を逆なでに読む』より
三中信宏『系統樹思考の世界』p208

2007年12月26日

推類様式 演繹、帰納、アブダクション(仮説的推論)
 
演繹、帰納:真偽を論証
アブダクション:良否を検証
 
deduction(演繹)
前提となる主張から、別の主張を導く
 
induction(帰納)
観察されてデータ(蓄積された情報)を基に、真である普遍法則が導き出される。
→帰納ははたして有効な科学的推論か?
  • データは完全無欠ではない
  • 背景仮定から完全に中立かどうかは不明
  • データの集積の延長線上に見えて来る普遍法則とは?
 
abduction(仮説的推論)
「結果から原因へとさかのぼっていく推理」
「裁量の説明を発見する」推論方式
 
アブダクションの命名者はチャールズ・S・パース 19世紀の哲学者で記号論の創始者。
 
アブダクションの特徴
  • 真偽は問はない
  • 観察されたデータに基づいて「より良い説明」を与えてくれる推論を相互比較する
  • 対立理論との検証


系統樹思考の世界 -p65
 

2007年12月24日


Epicureanism  エピキュリアニズム 快楽主義


Epicurus エピクロスの説いた倫理

人生の目的は「幸福」である。

「快楽こそが善であり、人生の目的である」

快楽とは?

α 自然であり、かつ必要である欲求

 e.g. 友情、健康、食事、衣服、住居

β 自然ではあるが、不必要ともいえる欲求

 e.g. 豪華な食事、贅沢な生活。過ぎたるは及ばざるが如し

γ 自然ではなく、なおかつ必要でもない欲求

 e.g. 名声、権力

「自然で必要な欲求」のみの追及と、苦痛や恐怖から自由な生活こそ、良き生活である。「平穏な生活」。

それこそが「平静な心(アタラクシア)」である。 
神道と仏教
 

神は在るもの 自然の中の神威、神性。存在論。
仏は成るもの 人間として生きる上での営み。実践論。

2 
神は来るもの 「祭り」=「待つ」。神を迎えること。自然の神聖の到来を待つもの。
仏は往くもの 悟ること、真理へ向かって往くこと、道を進むこと。
 

神は立つもの 立ち現れるもの。立ってやって来る、そして去っていくもの。「祟り」=「立ちあり」。
仏は座るもの 座して瞑想し、悟るもの。座禅すること、涅槃寂静。

神を数える際の単位は「柱」。「座」は仏教の影響。もともと神は鎮座するものではない。
 
祭りと祈り
  • 祭り
    • 共同体が担うもの。集団の結びつきによるもの。
  • 祈り
    • 個人の心と行為の中に現れるもの。
 

2007年12月23日

変化を伴う由来 Descent with modification
ダーウィンが「種の起原」で示した「進化」の同義語 -p17
 
進化的思考 Evolutionary thinking
進化的にものを考えることで、それまで説明のつかなかったことが一幅の絵のように整然とした論になる。 -p18
 
系統樹思考
--何か相互に由来関係があるのではないか、という問いかけ -p24
 
多様性を「系譜」という観点で理解しようとすること -p37
 
科学的であるかどうかは、個々の科学研究分野の特性や制約の中で、いかにして仮説や主張を経験的にテストできるかどうかに主眼がおかれるべき。 -p45
 
普遍法則を求める科学が「タイプ」について論議してきたのに対し、歴史や進化を論じる科学は「トークン」に関する考察をしていると言ってもかまわない -p75
 
分類は絶対的なものではなく、ある採用された分類基準(類似性の尺度)にしたがってグループ分けをしているに過ぎない。 -p
 
系統樹を描くということは、多様な対象物に関する鳥瞰図を与えると同時に(略)相互比較のための足場を組み立て、そのような多様性が生じた因果に関する推類を可能にし、さらには対象物に関するさまざまな地検を体系化し、整理するという役割も担っている。 -p164
 
「系統樹の世界」
 

2007年12月2日

開発したのはニューヨーク大学クーラント数理科学研究所のジェフ・ハン研究員(左)。

タッチ、ジェスチャー、それに圧力の程度まで読み分けてくれるUI

http://www.fastcompany.com/multimedia/video/player.html?bctid=769654555

http://www.gizmodo.jp/2007/01/post_787.html

2007年11月25日

スイス、永世中立国の姿とは
 
キーワードは「国民皆兵制」
  • 一家に一台の自動小銃
  • 一村にひとつの射撃訓練場
  • 一年に2週間の兵役
国民は全員、国防軍の軍人でもある。
 
歴史的背景
 
ロマンシュ語族の独立戦争
  • 連邦制
  • フランス語、ドイツ語、イタリア語による4つの公用語
 
スイス傭兵の時代
  • 兵士の育成と派遣のビジネス
 
ナポレオンによる(支配) 征服
とばっちり敗戦
ナポレオンの百日天下では連合側につく
オーストリアから見れば「自分の味方でなければ、敵と組んでいるに違いない」と思われる立場
 
中立であることのリスク
 
中立にはリスクがともなう。
中立であることは、周囲のすべてが敵であることと、同義。
いじめを無視して放置することもいじめであるという理論に近い。
 
国際連合との付き合い方
  • 軍事行動への不参加
国際連合との付き合い方
  • 不参加
 
中立を守ることは、複数の正義の両方と戦わなければならない
 
  • アルプスの要塞に籠城してナチスとの戦闘を回避したことは、連合国側からの領空侵犯と誤爆を受けることを招いた
 
 

2007年11月20日

フランスには順応主義を忌避するその国民性とあいまって、「問題に行き詰ったときには事態を揺り動かすことで新しい流れをつくる」という精神が脈々と受け継がれているように思える。

 

「エリゼ宮の食卓」P231

フランスが経済力では日本の後塵を拝しながら、国際政治では日本と比較にならないほどの発言力を保持している理由は3つある。

  1. 国連安全保障理事会5カ国の一角であること
  2. 核兵器保有国であること
  3. 首脳外交を軸とした外交力

フランス大統領は国防と外交を専管事項とし、内政を担当する首相と明確に棲み分けている。

このため大統領は内政に煩わされることなく、積極的な首脳外交を展開し、「フランスの考えと存在を、国際社会により広く知らしめる」ことを可能にしているのである。

ヨーロッパの宮廷外交で外交術を磨いてきた伝統もあるが、何かあるすぐさま内政に足をとられる日本の首相と比べ、外交力で差が出るのは明らかだ。

 

「エリゼ宮の食卓」p221

2007年11月19日

君は君なりに私の同類ではないのか? 何もかも失敗してしまったので恥じているのか? かまうことはない、ちょうど私も同じ目に逢っているのだ。私はひとりだと盛んに吠えて気を紛らす。来なさい。二匹でいる方が楽しい。
 
私は鼻先が入るくらいの穴を掘り、土地だけが聞いてくれるよう、私の横に居るもの、私の上にいるものには聞かれないよう、鼻先を突っ込んだまま歌い、朗唱したのである。
 
「ある老犬の回想」より 「カフカ短編集」P307

2007年11月15日

整理には、焦点が必要である。
目標に向かってすべてのものを統合する。
その方向がはっきりしていないと、まとめをすることができない。
 
収斂的思考は思考の半分に過ぎない。しかも受動的半分である。
創造的半分は拡散的思考、つまり誤解を恐れず、タンジェントの方向に脱出しようとするエネルギーによって生み出される思考である。
これまでにこれが充分認識されないできたのが、われわれの社会の不幸であった。
本当の独創、創造ということが、“変人”でないとできにくいというのは悲しい。
 
自分の新しい解釈を創り出して行くのが、拡散的読書である。当然、筆者の意図とも衝突するであろうが、そんなことにはひるまない。
収斂派からは、誤読、誤読だと非難される。しかし、読みにおいて拡散的作用は表現の生命を不朽にする絶対条件であることも忘れてはなるまい。
古典は拡散的読みによって形成されるからである。筆者の意図がそのままそっくり認められて古典になった作品、文章はひとつも存在しないことはすでにのべたとおりである。

「思考の整理学」P208
長く説明しなければならないほど、考えが未整理なのである。
 
テーマはシングルセンテンスで表現されるものでなくてはならない。
 
「思考の整理学」P145
いい空気のところでないと、すぐれたアイディアを得ることは難しい。

考える場所の雰囲気が大切である。

考えごとをしていて、うまく行かないときに、くよくよしているのがいちばんよくない。
 
アイディアの芽は小さく、弱い。 へこんでいては、思想はまとまらない。

「思考の整理学」P150

2007年11月14日

——神に願いたまえ、きみが常に勝者の側にあることを。なぜなら、勝者の側にあれば、きみにはなんの功績がなくてもむくわれるものだが、反対に敗者の側に立ってしまうと、いかに功績があっても避難されないではすまないからである。——
 
 苦笑するしかないが、これが現実なのだろう。
 
——宗教を敵にまわしてはならない。また、神と関係することすべては、敵にまわさないように心がけるべきである。なぜなら、この対象たるや、馬鹿者どもの頭に、あまりにも協力な影響力をもっているからである。——
 
 ごもっとも!
 
——権力と名誉は、誰もが求めるものである。なぜなら、普通は華やかな面のみが眼につくからで、権力や名誉がもたらす苦労や不快な面はかくれているからだ。しかし、もしも両面とも陽の下に明らかになるとすれば、権力や名誉を求める理由は、ひとつを残せば失われてしまうであろう。そのひとつというのは敬意を払われれば払われるだけ、人は、神に近い存在となったように思えることである。
 男に生まれて、誰が神に似ることを望まない者がいようか。——
 
『覚え書』(リコルディ) グイッチャルディーニが家族のために書き残した
 
「わが友マキアヴェッリ」P527
 
創り出すと言う行為は、幸福であるだけでもできないものだが、不幸であるからといってできるというものでもないからである。
 
 
マキアヴェッリの研究者たちが、この時代のマキアヴェッリを不幸と断じるのに、私はどうしても賛同することができない。たしかに、彼は不幸ではあった。だが、それは、不幸であるとtおもに、幸福であり、幸福であるとともに不幸である、というたぐいの不幸ではなかったか、と私には思えてならない。だからこそ、創作が可能であったのだ、と。創り出すと言う行為は、幸福であるだけでもできないものだが、不幸であるからといってできるというものでもないからである。しかし、この種の幸福は、実を追求することが本来の任務である学者たちには、なかなか分かってもらえないものかもしれない。

「わが友マキアヴェッリ」P460
 


往復書簡としての条件

往復書簡が価値をもつには、いくつかの条件が満たされる必要がある。
  1. 書き手二人ともが、手紙を介した対話であろうと思うこと。それがために、書かれる内容は、送られてきた相手の手紙の内容を受けたものでなくてはならない。双方とも勝手に思うことを書きあっているだけでは、往復書簡にはなり得ないのである。
  2. 書き手は双方とも、率直に想いをはき出す性質の持主である必要がある。社会的な地位に関係なく、人間対人間のぶつかりあいが、対話なのだから。
  3. 共通の関心ごとをもつということである。
  4. 双方ともが、自らの意とすることを格別の苦労もせずに伝えることのできる、文章力の持主であることだろう。手紙一本化久野に気が重くなるようでは、往復書簡のパートナーにはなれない。マキアヴェッリはいうまでもないが、フランチェスコ・ヴェットーリのほうも、後年歴史物などものしたくらいだから、なかなかの文章力の持主であった。
  5. この人とならば話せる、と思う者動詞であることだろう。時間的精神的余裕の有無は、さほどの問題ではあに。偶然にしても、この時期のマキアヴェッリもヴェットーリも相当に暇な身分だったが、忙しさでは人一倍であったのはずのユリウス・カエサルこそ、往復書簡のはじめ手であったとされている。カエサルの場合は口述筆記をさせていたということだが、要は、手紙を通じて対話をしてみたいと思うか思わないかの問題でしかない。

「わが友マキアヴェッリ」P428

秀才の悲劇は、天才の偉大さをわかってしまうところにある。凡才ならば理解できないために幸福でいられるのに、神は、凡才よりは高い才能を与えた秀才には、それを許さなかったのであろう。「神が愛したもうた者(アマデウス)」の偉大さは理解できても、自分にはそれを与えられなかったということを悟った者は、どのような気持ちになるものであろう。
 
「わが友マキアヴェッリ」P541

聴いたことも、考え、そしてまとめることをしないかぎり、シェンツァ(サイエンス)とはならないから、わたしも、彼らとの対話を、『君主論』と題した小論文にまとめてみることにした。そこでは、わたしは、でっきるかぎりこの主題を追求し、分析しようと試みている。
 
ヴェットーリへのマキアヴェッリの手紙、君主論誕生の経緯

「わが友マキアヴェッリ」P446
歴史は、思想なくしては書けない。史観がなければ、客観的な記録に留まってしまう。
 
「わが友マキアヴェッリ」P538
 

一度だけマキアヴェッリも「大使」になったことがある。モナコの領主グリマルディの許に派遣されたときだった。1511年の5月の話で、このときだけマキアヴェッリは、最初にして唯一度、Ambasciatore comunnitatis Fiorencie の肩書きで送られたのである。フィレンツェ共和国大使、というわけだ。

「わが友マキアヴェッリ」P356
六ヵ月前に二十ドゥカートを支払うのに同意しなかった人々は、六ヵ月後に二百ドゥカートを奪われることになる。
 
わたしは、はっきりとと言いたい。運は、制度を変える勇気を持たない者には、その裁定を変えようとはしないし、天も自ら破滅したいと思う者は、助けようとはしないし、助けられるものでもないのである。
 
若干の序論と考慮すべき事情を述べながらの、資金準備についての提言 マキアヴェッリ
 
「わが友マキアヴェッリ」P336
しかし、なによりも、あのクーポラの下には、独自でありながらも普遍性をそなえる文明をつくりだす都市ならば、必ず持っている「毒」、創造する者にとっては、多量に飲めば自壊するしかないが、適量ならば、これ以上の刺激剤はないう、毒もあったのである。

(ルネサンス期のフィレンツェについて)
「わが友マキアヴェッリ」P33

2007年11月13日

ルネサンスとは何であったのか
 
創造の本質、人間の欲求である「見たい、知りたい、分かりたい」が爆発した精神運動。
 
創造への結晶。考えるだけでは不十分、表現することで初めて理解となる。
 
ルネサンスに至るまでの土壌

  • 聖フランチェスコ
    • 商人の子、大学の出ではない
    • 日常語であったイタリア語でキリスト教の教えを説いた。
    • ラテン語は民衆とは乖離。イエスの教えを民衆が自らの頭で考える、新しい聖書の解釈。
    • 選択の自由。非難、排撃をしない。
    • 修道院に寄進すれば救済があるとしたことは、商人に受け入れられた。
    • 貧しさを尊ぶ思想

  • フリードリヒ二世
    • 神聖ローマ帝国皇帝。
    • 皇帝だが高等教育を受けておらず、キリスト教社会では異分子的存在。
    • 大学を出ていないが、ギリシア語、ラテン語、イタリア語、ドイツ語、フランス語、アラビア語を読み書き話せた。
    • 数学、幾何学、天文学に強い関心をもっていた。
 
フランチェスコは、
  • 聖書と向き合う
  • 虚心とともに読解
  • 自然と向き合う
  • 内なる声を聴こうとした
 
フリードリヒ二世は
  • 好奇心おもむくままに読書した
  • アラブ人たちを臣下におき、科学の教授を受け、実地教育を受けた
 
 
宗教に対する3つの態度

フリードリヒ二世の時代から800年が過ぎてもなお、現代のヨーロッパでは……
  • ateo
    • 神の存在を信じない。無神論者、無信仰者。
  • credente
    • 信仰者。
    • 特にpraticante は教義に忠実、ミサには必ず通うような人々。
  • laico
    • 神の存在を否定はしないが、宗教の関与すべき分野とそうでない分野を明確に区別する人々。
の人々がいる。
 
★ルネサンス期のヨーロッパにおいては、マキアヴェッリも、ガリレオ・ガリレイも、フリードリヒ二世も laico であった。
いわば、ルネサンスは laico たちの精神活動であった。
 
 
フィレンツェ人気質
 
我が身まで傷付けかねないほどの強烈な批判精神。
芸術家の工房は一階にあり、同時に店でもあったので、自由に出入りできた。
 ↓
誰でも自由に批評を言っては立ち去っていった。
購入する気のある人も、ない人も。
 ↓
芸術家はこの手の忠告に貪欲。
批判者と言い争った後で、こっそり作品を補正していたのだろう。
 ↓
当時のフィレンツェは絵画、彫刻に限らず、美を追求するならば何でも引き受けていた。絵も、彫刻も、金工も。
 
★フィレンツェの工房では、見習いはあらゆる作業に従事した。ジャンルを専任するのは、出世後の事だった。
 
 
出版の自由
 
言論の自由が認められていたヴェネツィアで、出版のルネサンスがおこった。
 
★出版によって、知識は協会と修道院から市井へと広がった
 
グーテンベルク
  • 1455年 「42行聖書」の印刷
 
アルド・マヌッツィオ アルド出版社を創立
  • 1490年 ヴェネツィアに渡る
  • 1494年 「ギリシア詩集」刊行
  • 1498年 「アリストテレス全集」刊行
  • ギリシア、古代ローマの「古典」のほか、エラスムス等「現代」作品も刊行した

1495-97年の間、全ヨーロッパで1821点の書物が刊行された。
その内、447点がヴェネツィアで刊行された。(2位のパリは181点) 
 
■ アルドが発明したもの
  1. イタリック体(書体)
    • 読みやすく、ページ内の文字数を多くすることができた
  2. 文庫
    • 紙を8回折るとこから、「オッターヴォ」(八つ折り)と呼ばれた
    • 安価さと小ささで、一般と学生にヒット。普及の原動力となった
 
芸術の振興は教養のある経済人による援助が不可欠。
フィレンツェでは、コシモ・デ・メディチ、ピエロ、ロレンツォの三代がそれにあたる。 
 
■メセナの語源
 古代ローマの皇帝ティベリウスの補佐であったマエケナスが詩人のヴェルギリウスやホラティウスを援助したことに由来。
 
 
アカデミア・プラトニカの終焉
 
一流学者たちの解散。
その理由は、観念論は別の観念で向かってこられると、意外と弱いもの。
ヨーロッパ屈指の学術機関だったのに、ロレンツォの死後、2年で解散。
 
 
哲学と科学
 
誰かがごく一般的な疑問をもった時に発生する「好奇心」。これが科学と哲学の種。
 
ギリシア文明はわずか200年間のあいだに華やかな知性の爆発があった。
  • 芸術、科学、文学、哲学
  • すさまじい量の創作が起こった
  • ヨーロッパ文明の基礎となった。
 
★すべての事柄に「なぜ」を突き付ける
そして、自分なりの回答を常に探す(仮説、想定)、そして見つける事
 
 
創作者に不可欠な要素
 
  • 謙虚さ
  • 誰にも負けないという傲慢不遜
 
一見矛盾するこの要素が成立するのが創作者・クリエイターの条件
常人であれば、その矛盾が精神のハレーションを起こしてしまう。精神の不安定化を招く。
 
創作は「なぜ」に対する、自分なりの回答でもある。
表現は伝達の手段であると同時に、頭の中の考えを明解にする効果もある。
 
 
ローマ市の略記号
 
「SPQR」 Senatus Populus Que Romanus 「元老院ならびにローマ市民」
現代ローマ人は皮肉で Sono porci questi romani 「ローマ市民は豚である」と表現さえする。
  
どこの国よりも国際的、コスモポリタン「ローマ」
 
 
反動宗教改革と異端審問の時代

異端審問官の「実績」をみよ。
動機のただしさを確信している者の行う悪こそ凄まじい。
 
16世紀半ば、異端審問官の手の及ばない知は、ヴェネツィアかアムステルダムのみだった。
 ヴェネツィアでは
  • 異端審問が開かれなかったわけではない。設置は認められていた
  • ただし、共和国側の人間(俗人)の出席が義務と定められた
  • 会則には、委員がひとりでも退席したら、流会になると決めた
すなわち、ヴェネツィアは、反動宗教改革に反対はしなかった。単純に「流した」のである
 
 
大航海時代
 
大航海時代における重要人物

<氏名/出身地/出資者>
  • バルトロメオ・ディアス ■ポルトガル ■ポルトガル王
  • クリストフォロ・コロンブス ■ジェノヴァ ■スペイン女王
  • ヴァスコ・ダ・ガマ ■ポルトガル ■ポルトガル王
  • アメリゴ・ヴェスプッチ ■フィレンツェ ■スペイン王
  • フェルディナンド・マゼラン ■ポルトガル ■スペイン王
  • ジョヴァンニ・ダ・ヴェランツァーノ ■フィレンツェ ■フランス王
 
★大航海時代の航海探検は航海者が企画を出資者に売り込んで実現したもの。スポンサーにももくろみがある。 
 
スペインやポルトガル人は進出先を領有するため、ヴェネツィア等は交易のため。
インカ帝国の滅亡は、スペイン人による掠奪によるものだから、もし、イタリア人が大航海時代をリードしていたならば、インカは滅亡しなかったかもしれない。
 
大航海時代の隠れた主役
 
パオロ・トスカネッリ
 
コロンブスに、インドへの近道は、アフリカに沿っての南下ではなく、大西洋を西へと横断する方法であると言った人物。
人生のほとんどをフィレンツェで過ごしたが、地理学、天文学、宇宙学の学者。
自然現象の観測と数学、幾何学によって、緯度と経度の概念を考えた。
ギリシア語とラテン語に非違で、古代の文献を自分の考えに取り入れた。
また、ハレーよりも前に、ハレー彗星を4度も観測した記録がある。
 
 
権威と権力
 
  • ヴェネツィアは、このバランスを巧みに取った。
  • 国家の代表者である元首(ドージェ)、その権威は国家の最高
  • しかし権力は元老院200票の中の1票でしかない。十人委員会では17票の中の1票
  • 権力が権威のもとに集まらないように工夫されていた
 
権威と権力が比例するのが帝政や君主性である
 
  • ヴェネツィアには「大金持ち(大富豪)」は現れなかったが「富豪」は大勢いた。
  • 貧富の差はいつもあったが、「層」として固定されておらず、敗者復活戦のシステムがあった。
  • 遺族年金のシステムも存在していた。
 
 
表現とは。天才の作品を理解するには
 

表現とは、自己満足ではない。
他者に伝えたいという強烈な想いが内包されているからこそ、力強い作品に結晶する。
 
芸術の解説書を読む必要などない。
作品を前にし、自分が「天才」になったつもりで「虚心平気」に彼らと向き合えば良い。
天才とは、こちらも天才になった気にならなければ、肉薄できない存在なのだ。
 
ダ・ヴィンチが書いたものには、「キミ」という呼びかけが使われていることが多い。
となれば、その「キミ」になって読まなければ、どうしてダ・ヴィンチを理解できようか。
 
 
塩野七生「ルネサンスとは何であったのか」

2007年11月12日

テーマはひとつでは多すぎる。
ひとつでは、すべてを奪ってしまう。
 
ウィラ・キャザー(アメリカの女流作家)
「(恋人は)ひとりでは多すぎる、ひとりでは、すべてを奪ってしまう」
相手がひとりしかいないと、ほかの人が見えなくなって、すべての秩序を崩してしまう。

「テーマはひとつでは多すぎる。少なくとも2つか3つをもってスタートして欲しい」
   
「思考の整理学」P42
中国の古人、欧陽修(おうようしゅう)は文章を考えるのに良い3つの場所を「三上」と呼んだ。
 
  • 馬上
  • 枕上
  • 厠上
 
今で言えば、通勤電車の車内、就寝前の床の中、トイレの中。
 
「思考の整理学」p37
「見つめるナベは、煮えない」
 
英語には「Sleep over」という成句がある。一晩寝て考える。

朝の思考は発見に満ちている。
 
「思考の整理学」p32
倉庫内の整理は順序良く並べる整理。工場内の整理は邪魔なものを取り除く整理。

コンピューターにできないことをしなくてはならない。創造的人間である。
脳は、新しいものを作り出す工場でなければならない。倉庫なら入れたものを紛失しないようになっていれば良い。
工場にやたらなものがあっては、作業能率が悪い。よけいなものを処分して広々としたスペースをとる必要があるがすべてを捨てては作業にならない。整理が大切である。
 
「思考の整理学」p112から抜粋

2007年11月11日

多数決は、概して、つまらないものを生む
 
無難な住まいは、無難な人生しかくれない 

morimoto のCMより
 

Windows Live Writer から投稿してみた

Windows Live Writer から投稿してみた。

新しいツールは大好きだ。

2007年11月10日

完璧な飛行だった。しかし、完璧な行為というものは評価されない。完璧な行為はとどのつまりは当然のことに思われ、べつに勇気がなくても出来ることに見えてくる。カーティスの一機がまだ森の上を飛びまわり、有名なカーティス夫人が夫の身を案じているさなかに、おおかたの見物客は、もう彼のことを忘れていた。
 
カフカ「ブレシアの飛行機」
自由などほしくありません。出口さえあればいいのです。右であれ左であれ、どこに向けてであれですね、ただこれ一つを願いました。それが錯覚であろうともかまわない、要求がささやかならば錯覚もまたささやかなものであるはずです。どこかへ、どこかへ出ていく! 木箱の壁に押し付けられて、ひたすら膝をかかえているなど、まっぴらだ。
 
カフカ「ある学会報告」より(短編集「田舎医者」収録)
深い藍色の夜空と黄金色の星にさそわれた。何も知らずに空を見上げ、帽子を持ち上げて髪を撫でた。天空は動いても、次なる未来を教えはしない。
 
カフカ「兄弟殺し」より 短編集「田舎医者」収録

2007年11月4日

知の行為
 
知の行為者としての倫理、「反証可能性」
 
考察を導く軸
  • 主体と他者との問題
  • 認識から実践へのプロセス
  • 開かれたコミュニケーションと創造性
 
学問における普遍性
  • 誰にとってもそうである原理
  • そしてその論証
 
「反証可能性」 falsifiability
  • どのような知の言説も、再検討、反論反駁、更新できる可能性
  • 反証可能性が常に開かれていなければならない
 
普遍性とはあらかじめ存在はしない
到達し、獲得することが目指すべき地平
 
  
知の行為
 
普遍性の方へ自らの言語を開いていく仕方や、作法を身に付ける事が肝要
知識をどれだけ仕入れても、普遍性の方へ開かれた表現の手続きに結びついていなkれば知の行為とはならない
 
知の行為の主体となる訓練が必要
 
   
知の行為の主体
  • 普遍性の基準に見合った主体
  • 形式的、技術的に仮設され、借定され、それ故に学習される主体
 
学問的な言説、科学的な言語の習得によって、この主体に自身を置く方法を身に付ける
文科系の学問は、純粋な形式言語ではなく、自然言語の中に根付いている
 
普遍的な形式化が究極的に理論的か
——否、
「不確定性原理」ハイゼンベルク
「不完全性定理」ゲーデル を参照せよ
形式化による普遍性の限界

学問の行為は「ひと」と「ひと」との間の相互関係である
固有の文化的、歴史的な特異性を背負った不透明なもの
 
固有の主体性から出発し、自らの行為を普遍性の方へと開いていくプロセスに自覚的でなければならない
  • 自然科学を含む人間の文化的営みの在り方に根本的な問いを投げかける
  • 新しいプロセスを創造的に生み出す
  • 普遍性へ向かうプロセスは、本質的に想像的な多様性を許容する
 
 
「知の行為」とは
 

知りたいという好奇心を越え、一般化可能な問題が立ち現れた時、「人間とは何か」に収斂していく中で問題意識となり、知の行為がスタートする

問題構成の構造

a. 一般的な問い
自分は今、何を問おうとしているのか

b. 研究対象
材料は何か。対象の固有性、特異性と一般性をいかに結び付けるのか

c. 関連対象
何との関連から特異性、一般性を導き出すのか

d. 方法論
一般的な方向へ切り開いていく
 
学問の行為による記述は、一定の知的な共同体にとっての真理に過ぎない
決してそれが無前提的な唯一の真理ではない
 
自明か否か、
正当か否か、
 一定の文化の体系に因るものに過ぎず、絶対的な普遍性など主張できない
 
真理はそれを見なす主体との相関関係で捉える。主体の数だけ真理がある 
文化や時代を超越して他者と会い、真理について対話する 
 
interest
(利益、権利、関心、所有権)
  • それぞれの主体が持っている固有の力、社会を動かす力
  • 自身の interest に動機付けられた自己を他者の方へ開く事他者の interest との調停へ向かう事が重要
 
対話を導く原理
  • 公正
  • 創造性
 

2007年10月29日

知的労働者は少なくとも25%の時間を電子メールに費やしている。電子メールは労働時間の最大の項目である。

週4時間労働を達成するための重要な点の一つは、自分の仕事の進め方を回りに認知してもらうことである。私は受け取った電子メールに対して、以下の自動応答を返している。

親愛なる同僚のみなさん

電子メールをありがとうございます。著しい多忙と迫り来る締め切りのため、そして仕事の効率化のため、私は午前11時と午後4時にしか電子メールを読みません。それらの時間より前に私が応答する必要がある場合は、私の携帯電話に連絡してください。

また、戴いた電子メールが質問を含まず、伝達あるいは単なる表明である場合は、私は返信しません。どうか気を悪くなさらないようお願いします。

ご理解を感謝します。

ティム・フェリス

これを実行すると、人生ががらっと変わり、もっと早くからやらなかったことを悔やむだろう。

電子メールを読むのは1日2回である必要はないが、ある程度溜まってから読む必要はある。

最悪の習慣は、朝一番に電子メールを読むことである。種々雑多なことで頭が乱されてしまう。朝は重要なことに集中し、昼までに一仕事終えるべきだ。

電子メールは効率を重視したコミュニケーション手段であり、そっけないものである。人間関係の維持・向上のためには電話を使うほうがよい。

ドナルド・E・クヌース教授も、電子メールを捨てた有名人の一人。

 

「1 週間に 4 時間しか働かない人の仕事術」 [hatena.ne.jp]

「電子メールへの対応」の項。すべての人に適用できるわけではないにせよ、示唆に富む。


 

2007年9月18日

自分の属する組織が達成しようとしていること、およびその理由をはっきりと理解している人
——37%

チームや組織の目標達成に熱意をもっている人
——5人に1人

自分の目下の課題と、チームや組織の目標との間に明確な見通しを持てている人
——5人に1人
 
週末に振り返ってみて、自分が成し遂げた仕事に満足できる人
——5人に1人

主要な目標を達成する上で、組織が自分の能力をフルに発揮させてくれていると感じている人
——15%

強い信頼関係で結ばれた職場環境だと感じている人
——15%

異なる意見を尊重し、新しいよりよいアイデアを生むような開かれたコミュニケーションを組織が推賞していると感じている人
——17%
 
社員は組織において結果の責任を引き受けていると感じている人
——10%
 
組織を完全に信頼している人
——20%
 
組織内のほかのグループや部署との間に高い信頼性と高度な協力関係があると感じている人
——13%
 
「ハリスの世論調査」(xQサーベイによる)
 
 
サッカーでたとえれば、どちらが相手のゴールかわかっているのは11人中4人
勝負に関心があるのは2人
自分のポジションと役割がわかっているのは2人
11人中9人は、敵よりも自分のチームメイトに対抗意識を持っていることになる。
 
 
『第8の習慣』より


知的労働者の時代の中の中心的な課題を乗り越えるための答え。
 
第8の習慣は、
自分のボイス(内面の声)を発見し、それぞれ自分のボイスを発見できるよう人を奮起させるためある。


この新しい時代に求められることは何かといえば、それは偉大さである。
別の言い方をすれば、情熱を持って実行すること、課題を達成すること、そして大いなる貢献が求められている。


「第8の習慣」より
20世紀の企業の最も価値のある資産は生産設備だった。それが21世紀では、企業でもその他の組織でも、最も価値のある資産は知識労働者と彼らの生産性になるだろう。

ドラッカー

「第8の習慣」より
現代のマネジメントの手法の多くは産業時の時代の産物だ。(中略)
従業員は人件費という経費とみなされ、資産といえば機械だった。考えてみてほしい。人間は損益計算書に経費として記載されえる。一方、設備は賃借対照表に投資として記載されえるのだ。

「第8の習慣」より

2007年8月11日

 アメリカNRC (全米科学アカデミー) では、2000年に、2020年の製造業のあり方に関する調査報告書「Visionary Manufacturing Challenges for 2020」を発表した。同報告書では、「画期的な製品といえども4〜5年もあれば、他社に模倣される。優れた生産手法や開発体制も、競合企業が本気になっ て追いつこうとすれば、7〜8年で追いつかれる。最もキャッチアップがむずかしいのは、”人の能力や資質〃である」 ということが述べられている

http://kwenchanajo.ld.infoseek.co.jp/02-nare.html

2007年8月2日

大きな成果を出す人は、問題に集中しているのではなく、機会に集中している。


『7つの習慣』


20070305

正直、とは真実を語ること。言葉を現実に合わせること。

「誠実さ」とは現実を言葉に合わせること。約束を守り、期待に応えること。

その場にいない人に対して忠実になること、弁護すること。

その場にいない人との信頼関係を構築できる。

『7つの習慣』

20070311

弱き人ほど薄情である。やさしさは強き人にしか期待できない。レオ・ロスキン

謝るという行為は高潔な人格を必要とする行為である。

内的な安定性に欠けるにはできないことである。

弱い人は、自分が弱いものに見られ、他人がその弱みにつけこんでくるのではないかと恐れているからである。

そういう人の生活は、他人にどう思われるかに起因している。

自分の行動を正当化し、相手の間違いを自分の行動の言い訳に仕立てている。

『7つの習慣』

20070311

自制と自己のコントロールが、他人との充実した関係の土台になる。

『7つの習慣』

20070310

「デレゲーション」権限譲渡

他人に仕事を任せること。

人に仕事を任せる場合は「効果」を、自分で行う場合は「能率」を考える。

「コントロールを手放すこと」

『7つの習慣』

20070309

時間管理という言葉自体に誤りがある。

時間は管理できるものではない。

唯一管理できるのは、自分自身だけである。

『7つの習慣』

20070309

文章とは「使う言葉の選択である」 ユリウス・カエサル
使う言葉の選択を誤ったがゆえに起こる失言は政治に携わる人間には絶体にあってはならない愚行。
政治家には許されない。


『ローマ人の物語』

20070302
感情で嫌なこと、面倒なことを実行する習慣を身に付けること。
自らの嫌だと言う感情を目的意識の強さで服従させる。
これを可能にするのが高い率先力、主体性である。
それらが必要である。
ミッション、明確な方向性、価値観、「ノー」と言える大きな「イエス」が率先力を支える柱となる。
それらを自分の意志で行っているのだと自覚する「自由意思」。


『7つの習慣』


20070306

「主体性がある」とは

  • 自身の価値観に基づいて行動できること。
  • 質の高い仕事をこころがけ続け、実行すること。
  • 自分の行動の責任を自分でとること。
  • 環境や状況、条件に左右されないこと。

反対に、「主体性がない」とは、

  • 責任を放棄していること。
  • 物事に反応的にしか対応できないこと。
  • 周囲に振り回され、心理的にも不安定になる。

周囲に頼る、ということは、周囲に振り回される、ということだ。


『7つの習慣』


20070305
マネジメントは手段。どのような方法で結果を導き出すかが焦点である。
反対にリーダーシップは望む結果を定義している。
何を達成したいのか、への答えである。
 
マネジメントは、物事を正しく行うこと。
リーダーシップは、正しいことを行うこと。
 
リーダーシップは目的達成の道順を示すもの。
マネジメントは、道を効率良く進む方法。

『7つの習慣』


20070305


すべてのものは二度作られる。
一度目は知的な創造。明確なイメージが形作られ、設計図が引かれ、青焼きが作られる。
イメージの中の作業。
二度目は物的な創造。
実際に造られ、形を現す。
マテリアルは消費される。

『7つの習慣』


20070305


「率先力」とは、自分から進んで状況を改善する行動を起こせること。
酢大敵な問題解決を行うこと。

他の人の主体性を尊重し、責任を持たせ、任せる。
その人が自ら問題を解決できるように。


『7つの習慣』

20070305
自分の身に起こることによって人間は傷付くのではない。
自分がその状況を容認すると言う選択、によって傷を受けるのである。
心の底から「今の状況はこれまで私が行ってきた選択ので結果である」ということを正直に受け入れられることである。

『7つの習慣』


20070305
動物は外部からの刺激に対し、習慣によって特定の刺激に対して特定の反応をするが、人間はそうではない。
刺激に対して人間は、「自覚」『想像力」「良心」「自由意思」の選択をする自由がある。

<Responsibility>
責任(Responce + Ability)

「反応を選択する能力」=「責任を取れるということ」


『7つの習慣』


20070304
人は時間をかけて自分のものの見方を作る。
「先入観」「既成概念」「思い込んでいる常識」。
これらが「レンズ」を形成している。
他人が見ている「物の見方」に気付く必要がある。


『7つの習慣』


20070304
<人格>とは、9つの要素で構成される。

  • 誠意
  • 謙虚
  • 誠実
  • 勇気
  • 正義
  • 忍耐
  • 勤勉
  • 節制
  • 黄金律


『7つの習慣』


20070303
状況を変えたければ、まずは自分が変わらなければならない。
自分を効率的、効果的に変えるには、まず自分たちの知覚、ものの見方そのものを変える必要がある。


『7つの習慣』
上辺だけの対人コミュニケーションスキルでは、根本的な問題の解決にならない。
だから問題は再発する。

『7つの習慣』


20070304
人はあるがままを見ているようで、実はある種のレンズを通して物事を見ている。
その「レンズ」が私たちの世界観を作り出し、私たちの行動の方向を決定している。


『7つの習慣』

20070303
システムとは不断のメンテナンスが必要である、という認識。
必要に応じてただちに行動する柔軟な行動力。
それを可能にする経済力。
これらのいずれかがかけても機能しない。


塩野七海


20070302
(滅亡の)このような時代に生きる者にとって最善の忠告は何か。
そう、それは国を捨て、国外に脱出することだ。
昔(前504年)に、フォチェアの民がペルシアの支配に絶望して国を捨てたように。

古代ローマの詩人 ホラティウス
ローマの墓碑

幸運の女神はすべての人にすべてを約束する。
と言って、約束が守られたことはない。
だから一日一日を生きることだ。
一時間一時間を生きることだ。
何事も永遠ではない生者の世界では。


『ローマ人の物語』



20070301

真の知性とは、知識、教養だけではなく、見たくない現実まで見据える能力。
見据えただけでは充分でなく、見透し、最善の策を理解しうる力。
創造性のある現実認識能力。


『ローマ人の物語』


20070228
法についてのローマの格言。公正をきしてつくられるのが法律だが、そのあまりに厳格な施行は不公正につながる。

法の父、ローマ人らしい格言。


塩野七海


20070228
政治的平衡感覚。両極端の中央に座ってしまうことではなく、両極をたえず往復しながら常に最良の点を探し続けること。


『ローマ人の物語』



20070228
古代ローマの少子化対策(前18年)
非婚、離婚は個人の生き方の問題と自由だが、国家としては生んで欲しい。増えて欲しい。
そこで、婚姻者には税制面での優遇が、離婚者には冷遇がなされた。
不倫は公式に犯罪となった。


『ローマ人の物語』



20070228
選挙から名誉が消え、改革が利益の為に誘導されると、汚職が始まり、選挙のクリーン度は下がる。
政治は名誉であり、虚栄心をくすぐる要素がなければ、人は国政を遠ざける。
共同体としての存在意義が弱まってしまう。


塩野七海



20070227
日本酒の古酒  酢は「酢酸菌」を加えたもので、古酒とは異なる。
「長期熟成研究会」自主基準。法律で決められてはいない。
満3年以上熟成させた日本酒。ただし、増熱酒は除く。


20070226
政治への理解が低くても経済活動は可能だが、政治を行うには経済への理解が不可欠である。
カエサルもアウグストゥスもこの点を完璧に理解していた。


『ローマ人の物語』
塩野七海



20070226
改革は、破壊なしには達成できない。
素人は他者の利益を重んずる傾向がある。
自己は1人だが、他者は多勢。
その為、破壊は半端になり、改革は不徹底となる。
秩序を転覆させるには “大悪人” でなければならない。



塩野七海


200070223
ウィドゥキント 8世紀のサクソン人のリーダー、ザクセン公。
サクソン戦争において、カール大帝に降伏し、キリスト教化。
洗練前は黒馬、洗礼後は白馬を駆ったことでしられる。


20070225
平等。結果の平等ではなく、機会の平等であることに注意すべき。
不平等は「公正」で監視すべし。



塩野七海



20070223
国際人とは、その人の性格と、性格の反映である言動が国際競争力を持つ人のこと。
すなわち、国際的に通用する人、をさす。



塩野七海



20070223
民主制とは50%プラス1人の考えを実行すること。
反対派を考慮したら、民主制ではなくなる。
施政に不満があれば次の選挙で反対票を投ずれば良い。
このシステムが機能して、はじめて主権在民が成り立つ。



塩野七海



20070223
若者の感受性などというものは、精神的に怠けているオトナの降伏の印。
深遠で鋭敏な感受性はオトナだけのものである。

塩野七海


20070222
ものを書くにあたって、差別用語に神経を尖らせるのは、不毛なエネルギーの消費でしかない。

塩野七海



20070222
正義(正しい意義)には、他者もそれを認めなければ成立しないという面がある。
他者には他の義で迫られたら、義の正当性をより強く主張しなければならなくなる。


『人々のかたち』


20070222
友情の定義

考え方が似ていて互いに尊重しあっている者同士の間で成立する精神的なつながり。



『人々のかたち』


20070222
人生はマッチ箱に似ている。
用心に用心を重ねて扱うほどのことはないが、かといってぞんざいに扱ったのでは火傷する。

芥川龍之介


20070221
戦争と戦時のリーダーについて

「戦争好きの狂人では、戦時のリーダーにならない」

「戦場であっても、安全と思えるなら、何でも楽しみは行うべき。そして軍人としての職務をこなす。部下の心身の保護とともに」

「戦時のリーダーにはすぐれたパフォーマンスが求められる。偽善で構わない。死と向き合っている状況では、偽は偽ではなくなることが多いのである」

「戦争がヒューマンファクターに左右されることは、古代から現代まで変わらない。力量、性格、能力、経験、士気、古代と現代で異なるのは兵器と装備。平然と部下を犠牲にする将には兵は続かない。ミサイルを正確に落とすのはテクノロジーだが、どこに落とすかを決めるのは人間」
 
「シビリアン、ミリタリー、どちらの人間でも戦争は失敗する。ミリタリー的思考のシビリアンならば良いか。戦争は血を流す政治であり、政治は流血のない戦争」


『人々のかたち』
塩野七海



20070221
優れた創作者は、けっして簡単に一刀両断できるような人間は描かない。
なぜなら人間は、互いに矛盾する両面を合わせ持つのが普通で、そういうアンビバレンスを描ききってはじめて人間がかけている、ということになるからである。


塩野七海

20070219


芸術がプロテストの手段となるとき、貧しさとみじめさに覆われる。
健全な精神の人に、健全なよろこびと楽しみをあたえる。
健全な精神の酔いを与えるために、プロテストの手段でない芸術を望む。



20070218

(中国の)戦国時代の思想の中には暴力による革命を否定するものもある。
のちの儒家の旦代禅譲思想で完成する。


『中国の古代文学(二)』
白川静



20070218
古代中国における運命の定義

運命とは自己貫徹を妨げる力。
司馬遷が好んで用いる「周儻不覊(テキトウフキ)」というのは、この運命への挑戦者という意味。
 
『中国の古代文学(二)』
白川静


20070218

2007年8月1日

「白昼の意識は、しばしば夢の論理以上に独断と偏見に満ちている」
「できれば名無しのままで済ませたいと思う」
「創作ノートは覚めて見る夢。必要なことはメモしようとする心構え」
「ルイス・キャロルは存在しない少女を愛してしまったがために、ポートレート撮影に凝ったのではないか」
「シャッターを押すことで、世界の部分を手に入れる手形にサインした気になれる。その瞬間の自己欺瞞が楽しいのだ」
「弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている」


安部公房


20070217